- 国家賠償法の全体像をざっくりつかみたい初学者の方
- 条文ごとの違いや要件を整理して覚えたい受験生
- 判例を絡めて理解を深めたい人
🏛国家賠償法とは?制度の全体像と背景を解説
国家賠償法とは、国や公共団体(地方自治体)による違法な行為によって損害を受けたときに、損害賠償を請求できるルールを定めた法律です。
わずか6条の短い法律ですが、行政法や憲法の知識とも密接に関わる重要テーマです。
制度の背景と成り立ち
かつての大日本帝国憲法の時代には「国家無答責の原則」といって、たとえ国の行為で損害を受けても、原則として国は責任を負わないという考え方がありました。これは国家は過ちを犯さないという考えから導き出されていました。
しかし、これは国民にとってあまりにも不公平。
そこで、日本国憲法17条で「国や公共団体に対する損害賠償請求(国家賠償請求)」を明記し、これを受けて国家賠償法が制定されました。
🔍国家賠償法の2本柱:1条と2条の違いとは?
国家賠償法は大きく分けて「人(公務員)による損害(1条)」と「物(公物)による損害(2条)」という2つの請求ルートがあります。
条文 | 内容 | キーワード |
---|---|---|
1条 | 公務員の違法な職務行為による損害 | 故意・過失、公権力、公務員 |
2条 | 公共設備の設置・管理の不備による損害 | 公の営造物、瑕疵、無過失責任 |
これにより、国や公共団体の違法な行為によって生じた損害については、概ね、金銭で穴埋めすることができます。なお、3条~6条は、1条の場合と2条の場合に共通して適用されるルールを定めています。
🧑⚖️国家賠償法1条のポイントと要件
1条の適用要件(7つの条件)
以下の全てを満たした場合に、国や公共団体が賠償責任を負います。
①国または公共団体の
②公権力の行使に当たる
③公務員が、
④その職務を行うについて、
⑤故意または過失によって、
⑥違法に
⑦他人に損害を加えたときは、
🔸重要用語のかみ砕き解説
- ①国または公共団体
- ②公権力の行使
-
「公権力の行使」とは、国や公共団体の活動から、純粋な私的経済作用と2条の対象となる公の営造物の設置・管理を除いたすべてのものを意味すると広く捉えられています。
つまり、立法権(最判昭60.11.21)・司法権(最判昭57.3.12)も含まれる。
これには、公立学校における教師の教育活動(最判昭62.2.6)や課外クラブ活動中に教師が生徒に対して行う監視・指導(最判昭58.2.18)などの事実上の行為も含まれる。
▶判例③ ▶判例④ - ③公務員
-
「公務員」には、国家公務員・地方公務員だけでなく、権限を委託された民間人も含む。▶判例⑤
【参考判例】公権力の行使を行った公務員が誰であるかを特定できなかったとしても、一連の行為のうちのいずれかに故意または過失による違法行為があったのでなければ被害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、これによる被害につき専ら国または公共団体が損害賠償責任を負うべき関係が存在するときは、国または公共団体は、損害賠償責任を負う(最判昭57.4.1)。
- ④職務を行うについて
-
国家賠償法1条1項は、公務員が「その職務を行うについて」と規定し、公務員による侵害行為が「職務行為であることを要件としている。
しかし、「職務行為」を厳密に考えると、被害者の救済という観点から問題が生ずるため、最高裁判所の判例は、公務員が客観的に職務執行の外形を備える行為をし、これによって他人に損害を加えた場合、国または公共団体は、損害賠償責任を負うとしている(最判昭31.11.30)。このような考え方を外形標準説という。
- ⑤故意・過失
-
「故意」とはわざとという意味であり、「過失」とは不注意という意味。
- ⑥違法性
-
「違法」とは、単に法令に違反するという意味ではなく、客観的に公正を欠くことを意味する。
▶判例⑥ ▶判例⑦🔍最重要判例:裁判官がした争訟の裁判の違法性(最判昭57.3.12)
🔍最重要判例:パトカーによる追跡行為の違法性(最判昭61.2.27)
🔍最重要判例:税務署長による所得税更正処分の違法性(最判平5.3.11)なお、行政庁が法律上の規制権限を行使しなかったことにより国民が損害を受けた場合、法令の趣旨・目的やその権限の性質に照らし、著しく合理性を欠くときには、被害者との関係で違法となる(最判平16.10.15)。
損害賠償責任の性質
国家賠償法1条1項は、本来であれば違法な行為をした公務員個人が損害賠償責任を負うべきですが、現実には公務員個人に十分な支払い能力がないケースもあります。そこで、国や公共団体が公務員に代わって損害賠償責任を負う仕組みが採られています。
このような考え方を、法律学上では「代位責任説」と呼びます。▶判例⑧
--- config: theme: neutral --- flowchart LR 公務員 -->|①公権力の行使<br>故意・過失| 国民 国民[国民<br>損害] -->|②国家賠償請求| 国_公共団体 国_公共団体 -->|③故意_重過失がある場合<br>求償| 公務員
国家賠償法1条における免責の可否
国家賠償法1条1項には、民法715条1項ただし書にあるような「選任・監督について相当の注意をしていた場合には免責される」といった規定が存在しません。
そのため、国や公共団体は、公務員の選任や公務の監督に相当な注意を払っていたとしても、損害賠償責任を免れることはできません。国家賠償法1条1項に基づき、違法な公務員の行為によって生じた損害について、国や公共団体が責任を負うことになります。
取消訴訟と国家賠償請求訴訟の関係
行政処分の違法性を理由に国家賠償請求を行う場合でも、その行政処分について、事前に取消訴訟や無効確認訴訟で判決を得ておく必要はありません(最判昭36.4.21)。
つまり、処分の違法性が国家賠償の前提となる場合でも、取消訴訟による「取消判決」が必須とはされていないのです。
🔍最重要判例:課税処分の取消訴訟と国家賠償請求訴訟の関係(最判平22.6.3)
国家賠償法2条のポイントと要件
2条の適用要件(3つの条件)
- 道路・河川その他の公の営造物の、
- 設置または管理に瑕疵があったため、
- 他人に損害を生じたときは、
国や公共団体がこれを賠償する責任を負うとしています。つまり①~③の条件をすべて満たした場合、国家買収請求権が認められます。▶判例⑨ 1
なお、他に損害の原因について責任を負うべき者があるときは、国または公共団体は、これに対して求償権を有します(2条2項)。
- ①公の営造物
-
「公の営造物」とは、行政組織法の公物と同じ意味であり、国や公共団体などの行政主体が、直接に公共目的のために使用されている有体物のこと。
したがって、「公の営造物」には、不動産のみならず動産も含まれる。さらに道路のような人工公物のみならず河川のような自然公物も含まれる。
- ②設置・管理の瑕疵
-
「瑕疵」とは、通常有すべき安全性を欠いていることをいう。そして、設置の瑕疵とは、公の営造物が成立当初から安全性を欠いていることをいい、管理の瑕疵とは、公の営造物の設置後に安全性を欠くようになったことをいう。▶判例⑩
なお、国家賠償法1条1項では、公務員の故意または過失が国家賠償請求の条件とされていたが、国家賠償法2条1項では、公物を設置・管理する公務員の故意または過失が条件とされていない。このような場合の損害賠償責任のことを無過失責任という。
もっとも、被告である国または公共団体において、損害の発生が不可抗力によるものであることを立証すれば、国家賠償法2条1項の責任を免れることができる。
道路の管理の瑕疵については、以下のような判例がある。
🔍最重要判例:高知落石事(最判昭45.8.20)👉国家賠償認められる〇
🔍最重要判例:転倒した赤色灯標柱の放置(最判昭50.6.26)👉国家賠償認められない×
🔍最重要判例:故障車の放置(最判昭50.7.25)👉国家賠償認められる〇また、河川の管理の瑕疵については、以下のような判例がある。
🔍最重要判例:大東水害訴訟(最判昭59.1.26)👉国家賠償認めらない×
🔍最重要判例:多摩川水害訴訟(最判平2.12.13)👉国家賠償認められる〇なお、公の営造物自体に物理的な瑕疵がなかったとしても、管理者が適切な制限を加えないままその営造物を利用させたことにより、営造物の本来の利用者以外の第三者との関係で瑕疵が認められることがある。これを機能的瑕疵(供用関連瑕疵)という。▶判例⑪
🔍最重要判例:大阪空港公害訴訟(最大判昭56.12.16)👉国家賠償認められる〇
国家賠償法2条の免責事由
国家賠償法2条1項には、民法717条1項ただし書に見られるような「土地の工作物の占有者」に関する免責規定が置かれていません。
そのため、国または公共団体が損害の発生を防ぐために必要な注意を尽くしていたとしても、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任を免れることはできません。
国家賠償法3条~6条:共通ルールの概要
ここからは、国家賠償法1条および2条のいずれの場合にも共通して適用されるルールについて見ていきます。
賠償責任者の特定
国家賠償法1条に基づく場合には、公務員を選任・監督している国または公共団体が責任主体となります。一方、2条に基づく場合は、公の営造物を設置・管理している国または公共団体が通常、賠償責任を負います。
しかしながら、実際には「どの機関が公務員の選任・監督をしていたのか」「どこが営造物の設置・管理を行っていたのか」が不明確なこともあり、誰に対して国家賠償を請求すべきかが分からないケースが生じる可能性もあります。
そこで国家賠償法3条では、以下のような補完規定が設けられています。
前二条の規定によつて国又は公共団体が損害を賠償する責に任ずる場合において、公務員の選任若しくは監督又は公の営造物の設置若しくは管理に当る者と公務員の俸給、給与その他の費用又は公の営造物の設置若しくは管理の費用を負担する者とが異なるときは、費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責に任ずる。
公務員の選任若しくは監督又は公の営造物の設置若しくは管理に当る者と公務員の俸給、給与その他の費用又は公の営造物の設置若しくは管理の費用を負担する者とが異なるときは、費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責に任ずる。
国家賠償法3条1項
とされており、費用負担者も損害賠償責任を負うこととして、請求先の幅が広げられています。▶判例⑫
--- config: theme: neutral --- flowchart TB subgraph 費用負担者 公務員の費用負担者 営造物の費用負担者 end subgraph 選任_設置_監督_管理者 公務員の選任_監督者 営造物の設置_管理者 end 1条の場合 -->|選択可| 公務員の選任_監督者 1条の場合 -->|選択可| 公務員の費用負担者 2条の場合 -->|選択可| 営造物の設置_管理者 2条の場合 -->|選択可| 営造物の費用負担者
他の法律の適用
酷寒賠償責任に関して、国家賠償法に規定がない事項については民法の規定が適用されます(4条)。ただし、民法以外の他の法律に別段の規定がある場合は、その規程が適用されます(5条)。
■法律適用の順
🔍最重要判例:国家賠償法4条と失火責任法(最判昭53.7.17)👉国家賠償認められない×
相互保証主義
原則として、被害者が外国人である場合、日本国内で国家賠償請求を行うことはできません。
ただし、特定の外国において日本人が国家賠償請求を行うことが保障されている場合、その外国の国民も日本で国家賠償請求を行うことができる(6条)。この考え方を、相互保証主義と呼びます。
被害者が外国人である場合、原則として、日本で国家賠償請求をすることはできない。
✅まとめ:国家賠償法はこう覚える!
- 1条は「人」=公務員の違法行為による損害(要:故意・過失・違法性)
- 2条は「物」=公共設備の不備による損害(無過失責任)
- 判例の傾向や要件整理が得点アップのカギ!