遺言能力
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない(963条)。
もっとも、遺言に行為能力の規定の適用はない(962条)。したがって、遺言能力は、財産法上の行為能力とは異なる。
これは、遺言が遺言者の死後に効力を生ずるものであり、制限行為能力制度により遺言者を保護する必要がないため。
- 未成年者:15歳に達した者は、単独で有効な遺言をすることができる(961条)
- 成年被後見人:事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師2人以上の立合いがなければならない(973条1項)
- 被保佐人:制限なし(962条)
- 被補助人:制限なし(962条)
遺言の方式
遺言の種類
遺言は、遺言者の真意を確保し、後の変造・偽造を防止するため、厳格な要式行為となっている。遺言の方式には、普通方式と特別方式がある。
普通方式は、本来の遺言の方式であり、①自筆証書遺言、②公正証書遺言、③秘密証書遺言の3種類がある(967条本文)。3種類のそれぞれの特徴は以下の通り。
自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 | |
メリット | 他人の関与無しで容易に作成可 費用がかからない | 遺言の存在と内容が明確 不備が生じにくい | 内容を秘密にできる |
デメリット | 遺言書の偽造や滅失のおそれがある | 証人に遺言の内容を知られるため秘密を保持しにくい | 手続きが複雑 費用がかかる |
公証人 | 関与なし | 関与あり | 関与あり |
承認 | 不要 | 必要(969条1号) | 必要(970条3号) |
検認 | 必要(1004条1項) | 不要(1004条2項) | 必要(1004条1項) |
対して、特別方式は、死が差し迫り、普通方式に従った遺言をする余裕のない場合に用いられるものであり、①死亡危急者遺言(976条)、②伝染病隔離者遺言(977条)、③在船者遺言(978条)、④船舶遭難者遺言(979条)の4種類がある。
遺言の体型は以下のようになる。
--- config: theme: neutral --- flowchart LR 遺言 --> 普通方式 普通方式 --> 自筆証書遺言 普通方式 --> 公正証書遺言 普通方式 --> 秘密証書遺言 遺言 --> 特別方式 特別方式 --> 死亡危急者遺言 特別方式 --> 伝染病隔離者遺言 特別方式 --> 在船者遺言 特別方式 --> 船舶遭難者遺言 style 自筆証書遺言 color:blue click 自筆証書遺言 "#自筆証書遺言の方式" style 公正証書遺言 color:blue click 公正証書遺言 "#公正証書遺言の方式" style 秘密証書遺言 color:blue click 秘密証書遺言 "#秘密証書遺言の方式"
自筆証書遺言の方式
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文・日付・氏名を自筆し、これに印を押さなければならない(968条1項)。123
また、自筆証書の遺言を変更する場合には、変更の場所を指示し、変更内容を付記して署名し、かつ、変更の場所に押印しなければ効力を生じない(968条3項)。
公正証書遺言の方式
公正証書によって遺言をするには、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授しなければならない(969条2項)。4
秘密証書遺言の方式
秘密証書によって遺言をするには、遺言者が、①証書に署名・押印した上、②その証書を証書に用いた印章により封印し、③公証人1人および証人2人以上の面前で、当該封書が自己の遺言書である旨やその筆者の氏名・住所を申述する必要がある(970条1項1~3号)。5
遺言の証人・立会人
証人・立会人の要否については以下の通り。
証人・立会人について、以下の者はなることはできない。(974条)
- 未成年者
- 推定相続人および受遺者並びにこれらの配偶者および直系血族
- 公証人の配偶者・4親等内の親族・書記・使用人
共同遺言の禁止
遺言は、2人以上の者が同一の証書ですることができない(975条)。これにより、夫婦であっても、同一の証書で遺言をすることはできない。67
効力発生時期
遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じる(985条1項)。
もっとも、遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就した時からその効力を生じる(985条2項)。
遺贈
- ①遺贈とは?
-
遺贈とは、遺言により遺産の全部または一部を無償で他人に譲渡する単独行為のことを指す。
- ②遺贈の種類
-
遺贈には、以下の2種類がある。
さらに、遺贈についての承認・放棄と撤回は下表のようになる
- ③遺贈の承認または放棄の催告
-
遺贈義務者(遺贈の履行をする義務を負う者)その他の利害関係人は、受遺者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に遺贈の承認または放棄をすべき旨の催告をすることができる(987条前段)。
- ③負担付遺贈
-
負担付遺贈とは、受遺者に一定の義務を課する内容を有する遺贈のこと。10
受遺者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う(1002条1項)。
遺言の執行
遺言の執行とは、遺言の内容を実現するため、登記の移転や物の引渡しなどの法律行為・事実行為をすること。
検認
検認とは、遺言書の保存を確実にして後日の変造や隠匿を防ぐ証拠保全手続のこと。
遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならないとされている(1004条1項前段)。また、遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も同様とされる(1004条1項後段)。
もっとも、公正証書遺言については、偽造・変造のおそれがないことから、検認は不要とされている(1004条2項前段)。
遺言執行者
遺言執行者とは、遺言の執行のために特に選任された者のこと。
遺言執行者がある場合には、相続人は、遺言の執行を妨げるべき行為をすることができず(1013条1項)、これに違反して相続人が遺贈の目的物についてした処分は無効となる(1013条2項本文)。
遺言の撤回
撤回自由の原則
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部または一部を撤回することができる(1022条)。11
そして、遺言者は、その遺言を撤回する権利を放棄することができないとされている(1026条)。
撤回の擬制
以下の場合には、撤回があったものとみなされる。
- 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分(1023条1項)。
- 遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触するときは、その抵触する部分(1023条2項)。
- 遺言者が故意に遺言書・遺贈の目的物を破棄したときは、その破棄した部分(1024条)。
撤回の効果
撤回された遺言は、その撤回行為が、撤回され、取り消され、または効力が生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない(1025条本文)。12
ただし、撤回行為が錯誤、詐欺または強迫による場合は、撤回された遺言が復活する(1025条但書)。
- 重要判例:カーボン紙を用いて複写の方式で記載したときでも、「自筆」の要件に欠けるところはなく、有効は遺言となる(最判平5.10.19) ↩︎
- 重要判例:「〇年〇月吉日」と記載されている場合は、暦上の特定の日を表示するものではなく、「日付」の記載を欠くものとして、無効な遺言となる(最判昭54.5.31) ↩︎
- 参考:自筆証書の遺言に相続財産の目録を添付する場合には、その目録については自書を要しない(968条2項前段)。 ↩︎
- 口がきけない者が公正証書によって遺言する場合には、遺言者は、公証人・証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、口授にかえなければならない(969条の2第1項前段)。 ↩︎
- 重要判例:証書は自書によらず、ワープロ等の機械により作成されたものでもよい(最判平14.9.24) ↩︎
- 重要判例:同一の証書に2人の遺言が記載されている場合、そのうちの一方につき氏名を自書しない方式の違背があるときでも、共同遺言に当たり、他方の遺言も含めて遺言全部が無効となる(最判昭56.9.11) ↩︎
- 重要判例:一通の証書に2人の遺言が記載されている場合であっても、その証書が各人の遺言書の用紙をつづり合わせたもので、両者が容易に切り離すことができるときは、当該遺言は共同遺言に当たらない(最判平5.10.19) ↩︎
- 包括遺贈の例:包括遺贈の例としては、遺産の3分の1を遺贈する場合など ↩︎
- 特定遺贈の例:遺産である甲土地を遺贈する場合など ↩︎
- 具体例:遺言者が自己所有の土地を遺贈する代わりに、受遺者に対して自己の介護を義務付ける場合など ↩︎
- 参考:「撤回する遺言」と「撤回される遺言」は同一の方式でなくてもよい。 ↩︎
- 重要判例:遺言者が「遺言を撤回する遺言」をさらに別の遺言をもって撤回した場合において、遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が当初の遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは、当初の遺言の効力が復活する(最判平9.11.13) ↩︎