商行為の特則
商行為について、営利主義、取引の安全・迅速が強く要請されることから、一般市民の間の取引について定めた民法とは異なる特則が定められている。
商行為の代理と委任について
代理の方法
商行為の代理人が本人のためにすることを示さないでこれをした場合であっても、その行為は、本人に対してその効力を生じる(504条本文)。ただし、相手方が、代理人が本人のためにすることを知らなかったときは、代理人に対して履行の請求をすることを妨げないとされている(504条但書)。1
民法では、代理人が本人のためにすることを示すこと(顕名)が必要とされている(民法99条1項)。しかし、代理人がその都度顕名をすることは手間がかかり、また、相手方も本人のためになされたことを知っていることが多いため、商行為の代理については顕名が不要とされている。
商行為の委任
商行為の受任者は、委任の本旨に反しない範囲内において、委任をうけていない行為をすることができる(505条)。
受任者は、委任の本旨に従い善管注意義務を負っているので(民法644条)、本人の利益のために幅広い活動を行うことができる。したがって、この規定は、民法上の善管注意義務の規定を明確化した規定。
代理権の消滅
商行為の委任による代理権は、本人の死亡によっては、消滅しない(506条)。
民法では、本人の死亡により代理権も消滅する(民法111条1項1号)。しかし、商行為の代理においては、取引の安全を図る必要性が高いため、商行為の委任による代理権は存続する(本人の相続人との間に代理関係が存続する)ものとされている。
契約の成立について
隔地者間の契約の申込み
商人である隔地者の間において承諾の期間を定めないで契約の申込みを受けた者が相当の期間内に承諾の通知を発しなかったときは、その申込は、その効力を失う(508条1項)。
民法では、本条所定の場合には、相当期間経過後、契約の模試込みを撤回し得るにとどまり(民法525条)、撤回されるまで申込みの効力は消滅しない。しかし、商法は、商取引の迅速性の見地から、申込みの効力を長く継続させて申込者の自由を拘束するべきではないとして、申込は当然に失効するものとされている。
諾否の通知義務
商人が平常取引をする者から、その営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならない(509条1項)。そして、商人がこの通知を発することを怠ったときは、その商人は、契約の申し込みを承諾したものとみなされる(509条2項)。
民法では、遅滞なく諾否の通知を発する義務はなく、承諾の意思表示がなければ契約は成立しない(民法522条1項)。しかし、商法では、平常取引をする者の間には継続的な取引関係があり、商取引の迅速性を図る必要があることから、承諾者の沈黙を承諾とみなして契約が成立するようにしている。
受領物保管義務
商人はその営業の部類に属する契約の申込みを受けた場合において、その申込みとともに受け取った物品があるときは、その申込みを拒絶したときであっても、申込者の費用をもってその物品を保管しなければならない(510条本文)。
ただし、その物品の価額がその費用を償うのに足りないとき、または商人がその保管によって損害を受けるときは、この限りではない(510条但書)。
商取引では、契約の申し込みと同時に、見本や承諾を予期しての目的物の送付が行われることがあることから、物品の安全を確保するとともに商人に対する信用を保護するため、受領物保管義務が設けられている。
報酬請求権
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる(512条)。
民法上の委任契約では、無報酬が原則とされている(民法648条1項)。しかし、商人は営利目的で行動するのが通常なので、商人の場合は、当然に報酬を請求できるものとしている。
商事債権の性質
金銭消費貸借の利息請求権
商人間において金銭消費貸借をしたときは、貸主は、法定利息を請求することができる(513条1項)。
民法では、特約がない限り、消費貸借は無償である(民法589条1項)。しかし、商人である貸主は、営利を目的として活動しているから、当然に法定利息を請求できるものとされている。
債務の履行場所
商行為によって生じた債務の履行をすべき場所がその行為の性質または当事者の意思表示によって定まらないときは、特定の物の引渡しはその行為の時にその物が存在した場所において、その他の債務の履行は債権者の現在の営業所(営業所がない場合にあっては、その住所)において、それぞれしなければならない(516条)。
商事債権の担保
多数債務者の連帯
数人の物がその一人または全員または全員のために商行為となる行為によって債務を負担したときは、その債務は、各自が連帯して負担する。
民法では分割債務が原則(民法427条)だが、商法では、債務の履行を確実にするために、連帯債務が原則とされている。

連帯保証
保証人がある場合において、債務が主たる債務者の商行為によって生じたものであるとき、または保障が商行為であるときは、主たる債務者および保証人が格別の行為によって債務を負担したときであっても、その債務は、各自た連帯して負担する(511条2項)。
民法では、保証人は、連帯保証とする旨の意思表示をしない限り、催告の抗弁権・検索の抗弁権(民法452条、453条)、分別の利益(民法456条)を有する。しかし、商法では、債務の履行を確実にするために、保証人の責任を強化し、連帯保証が原則とされている。

流質契約の自由
民法349条では弁済期前の流質契約2が禁止されているが、商行為によって生じた債権を担保するために設定した質権については、弁済期前の流質契約も許される(515条)。

商人間の留置権
商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、当事者の別段の意思表示があるときを除き、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物または有価証券を留置することができる(521条)。
商人間の取引は継続的であることが通常であるため、民法で要求される被担保債権と留置物との牽連性は不要とされている。

商行為の特則まとめ
民法 | 商法 | |
---|---|---|
代理の方式 | 顕名必要(99条1項) | 顕名不要(504条) |
本人の死亡と代理権 | 消滅(111条1項1号) | 尊属(506条) |
多数当事者の債務 | 分割債務(428条) | 連帯債務(511条1項) |
保証債務 | 通常の保障(446条) | 連帯保証(511条2項) |
流質契約 | 禁止(349条) | 許容(515条) |
留置権 | 目的物が債務者の所有物であることは不要 目的物と債権の牽連性は必要(295条1項) | 目的物が債務者の所有物であることが必要(521条) 目的物と債権の牽連性は不要 |