留置権とは?
sequenceDiagram autonumber actor A_債務者 actor B_債権者 A_債務者 ->> B_債権者:時計の引渡し B_債権者 ->> B_債権者:時計の修理 B_債権者 ->> A_債務者:修理代金債権 A_債務者 ->> B_債権者:返還請求 note over B_債権者: 弁済を受けるまで留置できる
Aは、Bに対し、自分の所有する時計の修理を依頼して引き渡した。Bは時計の修理を完了し、修理代金の支払いを請求したが、Aは修理代金を支払ってくれない。その後、Aは、Bに対して時計の返還を請求した。
Aは、時計の所有者なので、Bに対して物権的請求権の一種である返還請求権を行使することができるはずであるが、これを認めると、Bは修理代金をもらえない可能性があり、不公平といえる。
そこで、他人の物の占有者(B)は、その物に関して生じた債権(修理代金債権)を有するとき、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置1することが認められている(295条1項本文)。これを留置権という。
似たような性質をもつものとして同時履行の抗弁権があります。

要件
他人の物を占有していること
留置権の目的物は、債権者の占有する他人の物であればよく、必ずしも債務者の所有物である必要はありません(295条1項本文)。2
その物に関して生じた債権を有していること
留置権を主張するためには、占有している物に関して生じた債権を有していることが必要です(295条1項本文)。このような債権と物との関係性を債権と物との牽連性3(けんれんせい)といいます。
債権と物との牽連性が認められるか否かについては、次の通りです。
- 牽連性が認められる
- 借地人の建物買取請求権(借地借家法13条、14条)の行使によって発生した建物代金債権と土地(大判昭18.2.18)
- 不動産の飼い主が売買代金を未払いのまま目的物を第三者に譲渡した場合における、売主と買主に対する代金支払請求権と目的物(最判昭47.11.16)
- 牽連性が認められない
- 借家人の造作買取請求権(借地借家法33条)の行使によって発生した造作代金債権と建物(最判昭29.1.14)
- 不動産の二重売買で一方の買主のため所有権移転登記がされた場合における、他方の買主の売主に対する損害賠償請求権と不動産(最判昭43.11.21)
- 不動産の賃貸借が終了した場合における、賃借人の賃貸人に対する敷金返還請求権と不動産(最判昭49.9.2)
- 他人物売買の売主が真の所有者から所有権を取得して移転できなかった場合における、買主の売主に対する損害賠償請求権と目的物(最判昭51.6.17)
債権が弁済期にあること
留置権を行使するためには、債権が弁済期にあることが必要です。期限前には履行を強制することができません(295条1項但書)。
占有が不法行為によって始まったものでないこと
占有が不法行為によって始まった場合には、留置権は成立しません(295条2項)。45
効力
引換給付判決
物の引渡しを求める訴訟で、被告が留置権を主張した場合、裁判所は、原告の請求を全面的に棄却するのではなく、債権の弁済と引換えに物の引渡しを命じる引渡給付判決をすべきとされています(最判昭33.3.13)。
不可分性
留置権者は、債権の全部が弁済されるまで、留置物の全部について留置権を行使することができます(296条)。
善管注意義務
留置権者は、善良な管理者の注意6をもって留置物を占有しなければなりません(298条1項)。また、留置物の保存に必要な使用をを除き、債務者の承諾なく、留置物の使用・賃貸・担保提供できません(298条2項)。
この規定に違反した場合、債務者は留置権の消滅を請求することができます(298条3項)。7
果実からの債権回収
留置権者は、留置物から生じた果実を取得し、他の債権者に先立って自己の債権の弁済に充当することができます(297条1項)。これは、果実が少額であることが多く、その都度所有者に返還させるのではなく、直接弁済に充当できるようにするためです。
費用償還請求権
留置権者が留置物について必要費を支出した場合、所有者にその費用を償還をさせることができます(299条1項)。
また、留置物について有益費を支出した場合には、その支出による価格の増加が現存する限り、所有者の選択に従い、支出した金額または増加額を償還させることができます(299条2項)。
留置権の消滅
債権の消滅時効
留置権の行使は、債権の消滅時効の進行を妨げません(300条)。8
代担保の請求
債務者は、相当の担保を提供することで、留置権の消滅を請求することができます(301条)。この規定は、被担保債権額に比べて過大な価値の物が留置されている場合には実益があります。
占有の喪失
留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことで消滅します(302条)。ただし、債務者の承諾を得て留置物を賃貸または質権の目的とした場合などは、例外的に留置権が維持されます(302条但書)。
- 留置:手元に置いておくこと ↩︎
- 参考:ここにいう「占有」には、債務者を占有代理人とした占有は含まれない ↩︎
- 牽連性(けんれんせい):関連があること ↩︎
- 具体例:時計を盗んだものが、その時計について必要費を支出していた場合など ↩︎
- 重要判例:建物の賃借人が、債務不履行により賃貸借契約を解除された後、権原のないことを知りながら、この建物を不法に占有する間に有益費を支出しても、295条2項の類推適用により、有益費の償還請求権に基づいて、この建物につき留置権を行使することはできない(最判昭46.7.16) ↩︎
- 善良な管理者の注意:契約その他の債権の発生原因および取引上の社会通念に照らして、一般的に要求される程度の注意のこと。自己の財産に対するのと同一より加重されたもの。 ↩︎
- 重要判例:留置物の所有者が譲渡等により第三者に移転した場合において、これにつき対抗要件を具備するよりも前に留置権者が留置物の使用・賃貸についての承諾を受けていたときは、新所有者は、留置権者に対し、この使用等を理由に留置権の消滅を請求することはできない(最判平9.7.3) ↩︎
- 重要判例:被担保債権の債務者が原告である訴訟において、被告である債権者が留置権を主張した場合には、当該債権について消滅時効の完成猶予の効力が認められる(最大判昭38.10.30) ↩︎